書くこと 「必然性をもたせる」って・・・

最近は、国語「書くこと」の指導について考えています。来年度は、成果を発表する場があります。
ということで、自分のために記事(メモ)を書いて行きます。

インターネット上にあがっている、PDF化された実践報告を読むのですが、研究の成果の所に「児童が書く力をつけるためにはまずは意欲が大切である。そのためには、書く必然性のある課題作りが大切である。」という報告が多くあります。

このことについての雑感(これから実践を続ける自分のためにです。)
1、それはそうだろう。作文に限らず、必然性のある課題は意欲を高めるのには間違いない。研究をしているのに、このことが成果の大部分を占めるのはどうしたことか。自明すぎる。

2、1単元・数単元で書く力は伸びないのでは?何度も繰り返すことで力が伸びると考える。知識・技能の習得と繰り返し練習。研究・報告されているのは、1単元or数単元の実践結果からである。報告している方々は、繰り返しの練習をどうとらえているのだろうか?毎回「必然性」のある課題を用意するのだろうか?

3、私は、書くことの指導をするために、毎回「必然性」のある単元・課題を組むことができない。そんなに、必然性のある場がないし、その場の開発・設定ための時間は教師の日常には無い。

4、教師が課題を出す→文を書く→他者に評価してもらう
 「書く力をつけるための学びのために、書く」これだって広く考えれば必然性と言えるのでは?

5、1・2・3のことから、書く「必然性」については、追い求めない。

6、書きたいという思いは、「大丈夫、書ける」という自信・安心からも生まれるのではないか。これがあれば、必然性に着目しなくても子どもたちは喜んで書くと思う。

7、世の中、「書く」ときには必然性がある。しかし、「書きたい」と思える状況は少ない。一方、「仕方ない・・・書かなくては・・・」という状況は多い。そのような状況でも、「大丈夫。書ける」という自信があると書き始めることができる。

8、自信は、知識・技能の習得と経験から生まれる。